「学校拒否」について 3
父親は初めのうちは無関心でいたが、週3日、1年のうち3分の1以上も登校しないという状態になったので、なんとか手をうとうと努力しましたがどうにもならない、教師も何回となく家庭訪問をして朝ひっばり出そうとし、友だちも呼び出しに行くけれども、ますます、自分の部屋に閉じこもって、しまいには自室をベニア板ではりつけて、窓からしか人の出入ができないようにしてしまう。
昼間は静かに何かをしているが、夕方から元気になり、翌日は行くと言うが結局朝になると出かけられない。
夏休などは元気が出て、海へ行ったり、たまには友だちと出かけたりする。
このような状況はだいたい決まったコースです。
すなわち外目には何も変わったところのない良い子どもで、勉強も結構良くでき、友だちづきあいも特に変わったところのない、まさに平凡で、普通の、どちらかというときまじめな、頭のむしろ良いという子どもの像が浮かんできます。
きまじめで、普通で、一見社交的で……ということがむしろ問題なのかもしれません。
なぜかというと、この子どもは教育の熱心な子どもの養育にも心をくだく、いわゆる中流の教育のある父母の家庭で育っていく間に、自分なりの生活目標や、上級学校進学の理想などを持ってぎます。