ケネディとマスメディア

ジョン・F・ケネディは、1946年マサチューセッツ州から下院議員選挙に当選して、その第一歩を踏み出しました。


その後2度再選されたのち、1952年に現職の上院議員で名門のヘンリー・C・ロッジ・ジュニア(共和党)に挑戦し、35歳のケネディはみごとに当選したのです。


さらに1956年シカゴの民主党大会で副大統領候補の選挙に打って出て、結果は敗れはしたものの、それまで地方の一若手上院議員にすぎなかったケネディは、全国的に知られるようになりました。


・・・それというのも、テレビが若くカッコのいい政治家を全国の視聴者の前に映し出したからでした。


さらに大統領への道を進むためには、その関門として予備選挙があり、1960年夏のロサンゼルスにおける民主党大会がありました。


ケネディは党のボスや既成の党組織に頼らず、早くから地域の婦人や青年を組織して、全国的にケネディ・マシーンを結成し、選挙運動を展開します。


まず予備選挙に勝たねばなりませんでした。

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